赤壁の図:山水画

赤壁の図

昭和21年(1946年)
静涯59歳152.8×329.6cm

台湾から帰郷後初冬

前後2部の構成

赤壁の図

静涯画伯が描いた前後赤壁の図には、蘇東坡の有名な詩(漢詩)が織りこまれている。この詩によると、大自然の凄さを目の前にすると、人の人生は、はかない存在である。と悟り、内面の豊かさの重要性や心身の健康『足るを知る』恵、目の前にある幸せ、目標に向かってゆく姿勢と勇気、信じる気持ち。周囲に対しての感謝を忘れない大切さを例えている。そして、限り有る命も又儚く・もろいからこそ、自然の中で感動する喜びも無限大にあるという。『栄枯盛衰』世の中の全てにおいてを、人の心に訴え清めている。自然の偉大さはいつの時代にも、変わらずに、恵んでくれている事を知り、受け入れられる心もまた大事である。と説いている。

儚い(はかない): 消えてなくなりやすい・もろい・大したものではない・おろか・取り立てるほどのものでない。

もろい:こわれやすい・心を動かされやすい。 

   

 蘇東坡 (そとうば)= 蘇軾(そしゅう) 1036年−1101年 

中国の代表的な文人・官人

中国北宋時代の政治家・詩人・文豪:際立ちすぐれた文芸家・書家・画家

『赤壁の賦』:代表作の詩・中国市場歴史的な戦いの深淵な詩

前後の構成で成り立っている。

『前赤壁賦書』

天地の長久と人の世の短さを対比させて、自然の美しさに対する喜び感動を記す

宋の元豊5年(1082年)旧暦7月16日夜の出来事が詩の中で詠まれている

「前壁の賦」 7月.  537文字

「後赤壁の賦」3ヶ月後の10月. 357文字(最遊した記念の詩)


 

前赤壁の賦

月の下、客人と舟で、赤壁で大激戦をした(魏)曹操・(呉)周瑜の栄枯盛衰を偲び、自分のはかない身の上を嘆いて、大自然の前では限り有る命しか持ち得ない、儚い存在であることを悟る。船遊びの楽しさ・厳しい自然の畏怖・人生の儚さ・を筆で記す。「人生の短さと天地が永遠であることを羨んでも仕方の無いこと。運命・天が定めたことであり、そのままを受け入れる以外にない」長江の清風を楽しんだ感慨が詠まれている。

賦の詩に『三国志』で有名な赤壁の戦いの回想が入る。実際の古戦場は上流の同名地。漢代に栄えた賦は、宋代に入ると「文賦」と呼ばれて散文化した。が『赤壁賦』は代表的な傑作であり、中国の賦のなかでも最も有名な作品である。蘇軾が訪問したのは、湖北省黄岡市黄州区西北の長江北岸の赤鼻磯であり「東坡赤壁(別名・文赤壁)」と呼ばれ実際の戦場ではない。晩唐の詩人杜牧が詩に詠んだことから赤壁の古戦場と見なされるようになり、蘇軾の作品によって、実際の古戦場以上に場所が有名になった。本来の赤壁の戦いの古戦場は、湖北省蒲圻市(現:赤壁市)西南の長江南岸に位置する赤壁山である。

後赤壁の賦

客人と遊んだ際の景色:冬の月夜、水量が少ない江石・露出し凄惨な景色について詠んでいる。

三か月間の自然の変化をうたい、飛行する鳩に詩心をよせている。

赤壁賦書抜萃

其ノ声鳴鳴然トシテ、如ごとレク怨ムガ如ごとレク慕フガ、如ごとレク泣クガ如ごとレシ訴フルガ。

其その声こえ鳴お鳴お然ぜんとして、怨うらむがごとく慕したふがごとく、泣なくがごとく訴うったふるがごとし。

その音色はむせび泣くようで、恨むようで慕うようで、泣くように訴えかけるようだった。

余音嫋嫋トシテ、不ざレルコト絶エ如ごとレシ縷ノ。

余よ音いん嫋じょう嫋じょうとして、絶たえざること縷るのごとし。

余韻が細く長く続いてとぎれず、まるで細い糸のように途絶えなかった。

舞二ハシメ幽壑之の潜蛟一ヲ、泣二カシム孤舟之の嫠婦一ヲ。

幽ゆう壑がくの潛せん蛟こうを舞まはしめ、孤こ舟しゅうの嫠り婦ふを泣なかしむ。

音色は深い谷に潜む蛟みずち(毒蛇)を舞わせ、小舟に乗っている夫を亡くした女性を泣かせるほどのものであった。

知レリ不ざレルヲ可二ベカラ乎驟ニハ得一、託二スト遺響ヲ於悲風一ニ。」

驟にわかには得うべからざるを知しり、遺い響きょうを悲ひ風ふうに託たくす。」と。

すぐに手に入れることができないということを知り、洞簫(中国縦笛)の余韻を悲しげな秋風に託したのです。

蘇子曰ハク、「客モ亦知二ル夫ノ水ト与と一レヲ月乎か。

蘇そ子し曰いはく、「客かくも亦また夫かの水みずと月つきとを知しるか。

私(蘇子)が言う、あなたも長江の水と月とを知っていますか。

逝ク者ハ如ごとレクナレドモ斯クノ、而未いま/ざ二ダ/ル嘗テ往一カ也なり。

逝ゆく者ものは斯かくのごとくなれども、未いまだ嘗かつて往ゆかざるなり。

流れて行くものは長江のようなものですが、今まで川の水全部が流れてしまったことはありません。

盈虚スル者ハ如ごとレクナレドモ彼ノ、而卒ニ莫二キ消長一スル也なり。

盈えい虚きょする者ものは彼かのごとくなれども、卒ついに消しょう長ちょうする莫なきなり。

満ちたり欠けたりするものは月のようですが、結局消えたり大きくなったりすることはありません。

蓋シ将ニ自よ二リシテ其ノ変ズル者一而観レレバ之ヲ、則チ天地モ曾テ不ずレ能二ハ以ツテ一瞬一ナル。

蓋けだし将まさに其その変へんずる者ものよりして之これを観みれば、則すなわち天てん地ちも曾かつて以もつて一いっ瞬しゅんなる能あたはず。

思うに、川の流れや月が変化する観点から見ると、天地も一瞬でも同じ状態ではありません。

自よ二リシテ其ノ不ざレル変ゼ者一而観レレバ之ヲ、則チ物ト与とレ我皆無レキ尽クル也なり。

其その変へんぜざる者ものよりして之これを観みれば、則すなわち物ものと我われと皆みな尽つくること無なきなり。

変化しないという観点からこれらをみると、物も私も全部尽きるということはありません。

而ルニ又何ヲカ羨マン乎や。且ツ夫レ天地之の間、物各有レリ主。

而しかるに又また何なにをか羨うらやまんや。且かつ夫それ天てん地ちの間かん、物もの各おのおの主しゅ有あり。

それなのにまた、何を羨むのでしょうか。(何も羨まない)天地の間には、全ての物にそれぞれ持ち主がいます。

苟シクモ非二ズンバ吾之の所一レニ有スル、雖二モ一毫一ト而莫レシ取ルコト。

苟いやしくも吾われの有ゆうする所ところに非あらずんば、一いち毫ごうと雖いえども取とること莫なし。

自分の所有する物でなければ、ほんの少しのものだとしても取ることはあってなりません。

惟ダ江上之の清風ト、与と二ノミ山間之の明月一、耳得レテ之ヲ而為レシ声ヲ、目遇レヒテ之ニ而成レス色ヲ。

惟ただ江こう上じょうの清せい風ふうと山さん間かんの明めい月げつとのみ、耳みみ之これを得えて声こえを為なし、目め之これに遇あひて色いろを成なす。

ただ長江のほとりのさわやか風と山間の明月だけは、耳で(風)を聞いて声として感じ、目で(月)を見て美しい色だと感じるのです。

蘇東坡 = 蘇軾とは 

有能ゆえに、左遷されたり重用されたりする波瀾万丈の人生であった。

波瀾万丈:変化が激しく劇的である

記載書より引用

筆記:静涯結心

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